浄土真宗ってどんな宗教?



浄土真宗のみ教え


浄土真宗のみ教えとは?


 阿弥陀仏(あみだぶつ)のはたらきによって信心を恵まれ、念仏する人生を歩みます。この世の縁が尽きる時、浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教え導きます。

聖典とは?


 聖典は「お聖教(しょうぎょう)」とも呼ばれ、浄土真宗のすくいの教えが示されている大切なものです。釈尊(お釈迦さま)が説かれた「浄土三部経」(『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』)。親鸞聖人が著述された主な聖教の『正信念仏偈』(『教行信証』行巻末の偈文)『浄土和讃』『高僧和讃』『正像末和讃』。中興の祖・第8代蓮如上人のお手紙『御文章』などがあります。蓮如上人は、「本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ」と、ご本尊にお礼をすることとお聖教をつねに拝読することを勧められています。お聖教は、釈尊や親鸞聖人をはじめとした方々が心血を注いで、浄土真宗の本義をおさとしくださったものです。

 何回も繰り返し読み、言葉の意味をよく噛みしめ、味わうことが大切です。お寺でご法話を聞くなどして、正しいみ教えを味わっていくようにしましょう。

宗祖は?


 親鸞聖人(しんらんしょうにん)です。承安3年4月1日(1173年5月21日)に誕生され、9歳で出家されました。比叡山で20年間厳しい修行に励まれましたが、さとりへの道を見いだせず山を下り、法然聖人(ほうねんしょうにん)の導きで、自分にとって専修念仏(せんじゅねんぶつ)こそが唯一の道であると気付かれました。

 35歳の時には、念仏弾圧で越後(新潟県)に流罪となられましたが、その後、関東へと移られ念仏のみ教えを広められました。

 晩年は、京都で『教行信証』や『和讃』などの執筆に力を注がれ、人々にみ教えを伝えられました。弘長2年11月28日(1263年1月16日)に90歳で、往生されました。

お祈りはしないと聞きましたがなぜですか?


 浄土真宗は「祈りなき宗教」です。私の方から祈ってすくわれるのではなく、むしろ逆に、阿弥陀仏の方から「悩み苦しむあらゆる人々をすくいたい」と願われ、そのはたらきによって私がすくわれていくところに、浄土真宗の真髄があります。

 自分の生き方や考え方などの自己点検を繰り返すのが本来の仏教。「病気が治りますように」とか「試験に合格しますように」など、自分の欲望を仏さまに押しつけるような行為は、仏教の因果(いんが)の道理(どうり)からもありえないことです。ですから、浄土真宗は自分勝手な祈りを説きません。

 しかし、頭ではわかっていても、自らが大切とする者のために祈らずにはおれない不完全な存在なのです。その願わずにはおれない人の心を、阿弥陀仏は大きなお慈悲の心で包んで抱きとめてくださっているのです。

 私たち人間が不完全であるということを阿弥陀仏は見通され、私たちが願うよりも先に、すでに私たちに向かってはたらきかけていてくださいます。ですから、そのはたらきをそのまま受け容れ、感謝する以外にないのです。

ご本尊は?


 阿弥陀如来です。「阿弥陀(あみだ)」とは、インドの言葉「アミターバ」(無量光(むりょうこう))、「アミターユス」(無量寿(むりょうじゅ))の「アミタ」(無量)を音写した言葉です。阿弥陀如来とは、「無量光」と空間的に制約のない救済活動を表し、「無量寿」と時間的に制約のない救済活動を表しています。無限にすくいを届けられる仏さまなのです。

 この阿弥陀如来を表して親鸞聖人は南無阿弥陀仏、帰命尽十方無礙光如来、南無不可思議光如来などの名号を書かれました。これが「名号本尊」「尊号」と呼ばれるものです。また、阿弥陀如来をお姿で表したご本尊が「絵像」や「木像」です。

 これらのご本尊は、苦悩の底に沈み、自ら抜けきることのできない者のために、阿弥陀仏の方から、その中に入りこみ苦悩の者を助けるという阿弥陀如来の究極的なお慈悲のはたらき(本願他力)を表したものです。

 ご家庭のお仏壇は、ご本尊を安置し、私が阿弥陀仏のお慈悲にあい、気付かせていただく場です。「うちには亡くなった人がいないから、仏壇はまだいらない」というのは誤りです。

「戒名」ではなく「法名」というのはなぜですか?


 浄土真宗では「戒名」とはいわず「法名(ほうみょう)」といいます。浄土真宗は厳格な規律である戒律を授かる教えではないからです。必ずすくい浄土へ迎えとるという阿弥陀仏のはたらきを「法」と呼び、その法のなかに生かされる私たちがいただく名前であるので「法名」というのです。出家せずに浄土真宗の教えのもとに社会生活を営む仏教徒としての名前です。

 法名は、帰敬式(ききょうしき)を受けて授与されます。「仏弟子」となった証しとして本願寺住職(ご門主)から名づけられる「釋○○」という名前です。「釋」の字を冠するのは、釈尊の弟子となることを表しています。「○○」の2字は、すべてお聖教(しょうぎょう)のお言葉からです。

 法名をいただくということは、み教えの言葉を人生の鏡として生きていくことの表明でもあるのです。ですから、「法名は死んでからの名前」ではありません。今日、ただ今の私たちが、阿弥陀如来のお慈悲に支えられ生かされていることに気付かせていただくのです。帰敬式を受式して、法名をいただきましょう。

(本願寺HPより引用)



浄土真宗の教章



宗 名
浄土真宗
宗 祖
親鸞聖人
(ご開
山)
ご誕生 1173年5月21日(承安3年4月1日)
 
ご往生 1263年1月16日(弘長2年11月28日)
宗 派
浄土真宗本願寺派
本 山
龍谷山 本願寺(西本願寺)
本 尊
阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)
聖 典























・釈迦如来が説かれた「浄土三部経」
『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』
・宗祖 親鸞聖人が著述された主な聖教
『正信念仏偈』(『教行信証』行巻末の偈文)『浄土和讃』『高僧和讃』『正像末和讃』
・中興の祖 蓮如上人のお手紙
『御文章』
教 義

阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する。
生 活



親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。
宗 門



この宗門は、親鸞聖人のみ教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。



浄土真宗の生活信条



一、
み仏の誓いを信じ尊いみ名をとなえつつ強く明るく生き抜きます
一、
み仏の光を仰ぎ常にわが身をかえりみて感謝のうちに励みます
一、
み仏の教えにしたがい正しい道を聞きわけてまことのみのりをひろめます
一、
み仏の恵みを喜び互いにうやまい助けあい社会のためにつくします



食事のことば



 食前のことば

多くのいのちと、みなさまのおかげにより、この御馳走を恵まれました

(一同で)深く御恩を喜び、ありがたくいただきます

 食後のことば

尊いおめぐみをおいしくいただき、ますますご恩報謝につとめます

(一同で)おかげで、御馳走さまでした